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大阪高等裁判所 昭和50年(う)950号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人島秀一作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点について。

論旨は、行為者が起訴、処罰されていないのにかかわらず、原判決が被告人組合を処罰したのは、労働安全衛生法一二二条を違法に拡大解釈し、かつ、憲法三一条の法定手続の保障に違反するというのである。

よつて案ずるに、被告人組合は、地方自治法に基づく特別地方公共団体たる法人であるところ、労働安全衛生法一二二条により法人を処罰するには、その代表者または従業者がその法人の業務に関し、同条所定の違反行為をしたことが証明されれば足り、行為者が起訴、処罰されることを要件とするものではない、と解される(最高裁判所第二小法廷、昭和三一年一二月二二日決定。刑集一〇巻一二号一六八三頁参照)から、被告人組合の従業者である事務局長三浦武雄が、被告人組合の業務に関し、労働安全衛生法一二二条所定の同法一一九条一号(二一条二項、労働安全衛生規則五三三条)に該当する違反行為をしたことを認定している原判決には、所論のような違憲、違法のかどはない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点について。

論旨は、被告人組合の事務局長三浦武雄は、現場とは遠く離れた大和高田市役所内に所在する被告人組合の事務所に勤務する者で、直接の現場責任者ではなく、また、被告人組合の最高責任者でもなく、本件施設の変更増改設について何等の権限もないのに、原判決が、同人を活性汚泥槽に丈夫なさくを設ける等労働者の危険防止に必要な措置を講じなかつた違反行為者と認定したのは事実誤認である、というのである。

よつて案ずるに、原判決挙示の各証拠および奈良県葛城地区清掃事務組合規約謄本によると、被告人組合は奈良県葛城地区の大和高田市、御所市およびその周辺七か町が、そのし尿処理を行うため共同出資して設立、運営するもので、代表者である管理者は組合を構成する各市町の長のなかから回り持ち的に選任され、市、町の長たる地位に基づいて兼務し、組合事務につき書類上の決裁は行うも形式的で、具体的事務の遂行はすべて事務局で行ない、事務局長は組合事務全般を総括し、し尿処理場現場職員を含む部下職員の指揮監督を主な職務とするものであること、被告人組合の事業場は本件緑樹園し尿処理場一か所のみで同園の職員(労働者)数は一〇数名の規模であること、事務局長三浦武雄は大和高田市役所内の組合事務所を定位置として職務をとるが、定期的には週に二、三回、臨時的には必要の生じた都度緑樹園し尿処理場に赴き、職員を指揮監督し、施設設備の見回りをしていたものであること、本件違反行為は労働者が転落するおそれがある場所であるし尿処理場の活性汚泥槽に、高さ七五センチメートル以上の丈夫なさくを設ける等危険防止に必要な措置を講じなかつたことであつて或程度の予算と業者による工事を必要とするものであることなどに徴すると、かかる措置を所要の手続を経て具体化実現すべき責務の主たるものは、本件当時は事務局長三浦武雄にあり、同人が右措置を講じなかつた違反行為をしたものであると認められ、記録を精査検討するも所論のような事実の誤認は認められない。論旨は理由がない。

控訴趣意第三点について。

論旨は、本件し尿処理施設は国の認定した三信衛生工業株式会社の設計によつて建設され、完成以来数年間事故なく運営されており、活性汚泥槽の周囲の幅約一メートルの通路の外側には転落防止用の鉄さくがつけられ、かつ、照明設備も完備しているので、訓練を経た技術者である被告人組合の労働者が、転落することにより生命に危険を及ぼすおそれがあるとは考えられず、また事務局長三浦武雄に危険性の認識およびこれに基づくさく等設置の措置を求めるのは期待不可能であるのに、原判決が事務局長三浦武雄が 活性汚泥槽に高さ七五センチメートル以上の丈夫なさくを設ける等労働者の転落による危険防止に必要な措置を講じなかつた旨を認定したのは事実誤認である、というのである。

よつて、記録を精査して案ずるに

(1)、先ず昭和四七年一〇月一日施行の現行労働安全衛生規則五三三条には「労働者に作業中又は通行の際に転落することにより火傷、窒息等の危険を及ぼすおそれのある煮沸槽、ホツパー、ピツト等があるときは、当該危険を防止するため、必要な箇所に高さが七五センチメートル以上の丈夫なさく等を設けなければならない」と規定され、右規則施行前の(旧)労働安全衛生規則一三四条の二にも同旨の規定が存するが、これらの「ピツト等」の「等」には、し尿処理場に設置される活性汚泥槽が含まれると解するのが相当である。

けだし、ピツトとは、その元来の意味は穴、窪みのことで、一般的には、(1)、陸上競技場におけるジヤンプ競技の砂場、(2)、劇場の平土間、(3)、自動車レース場の給油、タイヤ交換補修所(穴がつくられ人が立つたまま作業する)(4)、炭坑の堅坑等(三省堂発行、コンサイス外来語辞典。岩波書店発行、広辞苑参照)のことを指し、また、砂びんやメツキ工場の酸洗いのために土間に設けられた温湯槽などは右「ピツト等」の「等」に含まれるものと解せられているところ、し尿処理場における活性汚泥槽は、通常槽内は上部開口の穴状であつて、穴は深く、規模は大きく、周囲の通路から汚泥水面まで相当の落差があり、汚泥水深は数メートルに及び、労働者が昼夜巡回等のため周囲を通行する際に、転落することにより窒息等の危険を及ぼすおそれのあるもので、ピツト的要素、形態を有するから、典型的なピツトに準ずるものとして、右「ピツト等」の「等」に含まれるものというべきである。

(2)、次に本件活性汚泥槽に、労働者の通行の際に転落することにより窒息等の危険を及ぼすおそれがあつて、さく等を設ける必要な箇所があつたか否かについて検討するに、原判決挙示の各証拠によると、本件の昭和四七年四月ころから同年一二月二二日ころまでの間の当時本件活性汚泥槽の外枠は、南北約二〇メートル(原判示の約四五メートルは曝気槽その他を含む長さである)(記録三三丁、四一丁)、東西約三一メートル、その内枠は長さ(東西)約27.7メートル、幅約3.9メートル、深さ約5.4メートル(周囲の通路面からの標高差は約5.3メートル)のコンクリート造の第一ないし第四の各槽が並列になつて連結する(各槽は端の開口部で逐次連結し一体となるので第一ないし第四槽といつても全体が一個の活性汚泥槽である)ものであること、全体としての活性汚泥槽の周壁の上には幅約0.64メートル(西側および北側)および約二メートル(東側)の通路があり(南側は曝気槽、汚泥濃縮槽などとの隔壁となつていて通路はない)、活性汚泥槽内とその東側外壁上の通路との間には、通路面よりの高さ約0.79メートルの鉄さく等が設置されていたが、活性汚泥槽内とその西側および北側外壁上の通路との間は、コンクリートで幅約0.25メートルの間、通路面より約0.11メートル高くされてはいるが、通行の労働者の転落に備えてのさくその他の設備はなかつたこと、槽内に滞留する汚泥水は各槽につき約二〇本付設された曝気管から下に向つて放出される圧縮空気により上部汚泥水と下部汚泥水が入れかわるように始終上下に攪拌されていること、通路と僅かに幅約0.25メートル、高さ約0.11メートルのコンクリート帯を隔てて槽内となり、通路から汚泥水面までの落差が約1.2メートル、その下の汚泥水深は約4.1メートルもあり、かつ、槽内壁面は垂直・平滑で槽内に手すりなどの付設はないこと、緑樹園し尿処理場に勤務する労働者は常勤の技術員であるが活性汚泥槽その他を昼夜巡視・点検し、一夜中に四、五回も巡回すること、昭和四七年一二月二二日緑樹園勤務の労働者(主任技術員)池田義一(当四八年)が巡回勤務中本件活性汚泥槽内に転落し、汚泥水下に沈没して溺死したこと、同人の直接死因は急性心不全であるが、同人は何等かの衝撃を受けない限り急性心不全を起すことは考えられない健康体であり、転落により汚泥水下に沈没し窒息等により急性心不全を起したものと考えられること、その以前にも同園の労働者松本均が本件活性汚泥槽に転落していること、右死亡後労働基準監督官の指示で本件活性汚泥槽内とその西側および北側外壁上の通路との間その他に鉄さくを設置したが、事務局長三浦武雄は右指示は当然のことと思つた旨供述していること(記録一二八丁)など、本件活性汚泥槽の構造、規模、なかんずく活性汚泥槽および汚泥水深の深いこと、槽と通路との間のコンクリート帯は低く、かつ、狭いのみならず通路自身も狭いこと、汚泥水の水質および攪拌状況、槽内壁面の垂直性、平滑性、勤務労働者の昼夜にわたる巡回の頻繁性等に徴すると、労働安全衛生規則五三三条および同規則施行前の(旧)労働安全衛生規則一三四条の二にいうピツト等の等に含まれる本件活性汚泥槽は、昼夜巡回勤務する労働者が通行の際に転落することにより脱出困難な汚泥水中で窒息、ひいては溺死する等の危険を及ぼすおそれがあるものであり、本件当時右の危険を防止するため、本件活性汚泥槽の槽内とその西側および北側外壁上の通路との間に同条に定める高さが七五センチメートル以上の丈夫なさく等を設ける必要があつた(東側は設置ずみ)ことが認められ、記録を精査するも他にこれを覆えすに足る証拠はない。所論は採りえない。

(3)、次に事務局長三浦武雄に右危険の認識、および危険防止のためのさく等の設置を求めることは期待不可能であつたか否かについて検討するに、右(2)における説示、前記控訴趣意第二点についての説示および原審証人三浦武雄の供述によると、三浦武雄は事務局長として、組合事務全般を総括し、し尿処理場の現場職員を含む職員の指揮監督を主な職務とし、定期的には週二、三回、臨時的には必要の都度、緑樹園し尿処理場に赴き、同所で職員を指揮監督し、施設、設備の見回りも行ない、本件活性汚泥槽および同槽の外壁上の通路の状況を知り、同通路を職員(労働者)が昼夜巡回勤務することも知悉していたことが認められ、これらによると本件活性汚泥槽の西側および北側外壁上の通路から槽内に、昼夜巡回する労働者が通行の際転落し、汚泥水中で窒息、ひいて溺死する危険のおそれがあることは、十分認識可能なことであり、また、事務局長として所要の手続を履践して右通路と槽内の間に規則に定めるさく等を設ける措置を講じることも十分可能なことと認められるから、事務局長三浦武雄に右危険の認識および右措置を求めることは期待不可能であつたとは認められない。

所論の三信衛生工業株式会社の設計にかかる施設であることや、被告人組合と同種の組合の他の三し尿処理場等の活性汚泥槽のまわりの通路の内側にさく等の設置がないとしても、前記認定および法規の定めに照らし、到底これらの認識の可能性を失わせるものではない。所論は採りえない。

(4)、ところで原判決は、活性汚泥槽の(外枠の)南北の長さが約二〇メートルであるのに「約四五メートル」と認め、また、さく等を設ける必要があるのは本件当時は、活性汚泥槽の西側および北側外壁上の通路(の内側)部分のみであるのに、「前記活性汚泥槽が南北約四五メートル、東西約三一メートル……周囲には幅約一メートルのコンクリート通路があり……前記活性汚泥槽に高さ七五センチメートル以上の丈夫なさくを設ける等」と、その四周にさく等を設ける必要を認定しているが、これらの誤は本件違反行為の構成要件に影響を及ぼさず、その法定刑が六月以下の懲役又は五万円以下の罰金であるところ、原判決の刑は罰金四、〇〇〇円で甚だ低いことにかんがみると、この誤認がなければ異なる判決がなされたであろうという蓋然性を認めるまでに至らないので、判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認とは認められない。

その他、記録を精査するも、原判決には所論のような判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認は認められない。論旨は理由がない。

なお、原判決は労働安全衛生規則五三三条に違反する判示として「溺死する等生命に危険を及ぼすおそれ」と判示し、同条にいう「窒息等の危険を及ぼすおそれ」と記載せず、活性汚泥槽につき具体的詳細に判示しながら、それが同条にいう「ピツト等」の「等」にあたることを記載せず、また「前記活性汚泥槽に高さ七五センチメートル以上の丈夫なさくを設ける等」と判示し、その設置すべき箇所が活性汚泥槽の槽内とその(西側および北側)外壁上の通路との間であることを明示していないが、原判決を通読すれば、活性汚泥槽に転落することによる窒息等を含み、さらにそれ以上に進んだ溺死等の危険を判示しているのであり、さくを設けるべき場所が活性汚泥槽内とその外壁上の通路の間であることは自ら明らかなことであり、また、本件活性汚泥槽が「ピツト等」の「等」に含まれると解されること前記のとおりであり、原判決が活性汚泥槽をそのようなものとして具体的に判示している以上、必ずしも「ピツト等」の「等」に含まれる旨を明文上判示する必要はないものであるから、原判決に刑事訴訟法三七八条四号の理由不備があるとはいえない。

控訴趣意第四点について。

論旨は、昭和四七年四月ごろから同年一二月二二日ごろまでの間、丈夫なさくを設ける等労働者の危険防止に必要な措置を講じなかつた本件違反行為は、継続犯で昭和四七年一〇月一日施行の労働安全衛生法一二二条、一一九条一号と同法施行前の労働基準法一二一条一項、一一九条一号にまたがつて該当する一個の行為であるから、刑法六条により軽い後者を適用すべきであるのに、原判決が重い前者を適用したのは法令の適用の誤がある、というのである。

所論にかんがみ案ずるに、継続犯については一個の罪が成立し、違反行為の継続中に、刑罰法規の変更があつたときは、刑法六条にいう犯罪後の法律により刑の変更ありたるときにあたらないから、新旧比照の問題は起らず、常にその行為の終期において行われる法律(新法)を適用すべきものと解される(最高裁判所第一小法廷昭和二七年九月二五日決定、刑集六巻八号一〇九三頁参照)から、新法である労働安全衛生法一二二条、一一九条一号を適用している原判決には、所論のような法令の適用の誤はない。

なお、所論は、被告人組合の代表者としては、設計書のとおり外側に転落防止用鉄さくを設け、照明設備をする等違反防止に必要な措置をした場合であるから、処罰さるべきでないと主張するところ、労働安全衛生法一二二条は、労働基準法一二一条一項但書のごとき免責規定を設けていないが、かかる免責は条理上、当然の事理と解せられるので、被告人組合の免責事由の存否につき判断するに、前記控訴趣意第三についての説示にてらしても所論の措置をもつて本件違反行為の防止に必要なる措置をとつた場合にあたらない。しかも、原審証人三浦武雄の供述および岡井駒太郎の司法警察員に対する供述調書によれば、本件当時の被告人組合代表者岡井駒太郎は河合町長として組合代表者を兼務するもので、組合事務につき書類上の決裁は行うも形式的で、事務局長に多くをまかせており、他所の同種し尿処理現場を見学したころ、事務局長三浦に対し「うちの施設の安全対策はこれでよいのか」と尋ねたことはあるものの、そのまゝ放置していたことが認められ、到底組合代表者岡井が事務局長三浦の本件違反行為の防止に必要な措置を講じていたことは認められないから、被告人組合に免責事由は存しない。論旨はいずれも理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(矢島好信 吉田治正 朝岡智幸)

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